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兄弟たち、霊的な事柄について、あなたがたに知っておいてほしいことがあります。 あなたがたが異教徒*だった時には、誘われるままに、物を言わない偶像のもとへ引かれて行ったことを知っています。 そこで、あなたがたに知らせます。神の霊によって語る人は、だれも「イエスはのろわれよ」とは言いません。また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことはできません。
さて、賜物にはさまざまな種類がありますが、霊は同じです。 奉仕にはさまざまな種類がありますが、主は同じです。 働きにはさまざまな種類がありますが、すべての働きをすべての人のうちに生じさせる神は同じです。 一人ひとりに霊の現れが与えられているのは、皆の益となるためです。 ある人には霊を通して知恵の言葉が与えられ、別の人には同じ霊によって知識の言葉が与えられます。 ある人には同じ霊によって信仰が与えられ、別の人には同じ霊によって癒やしの賜物が与えられます。 10 ある人には奇跡を行う力、別の人には預言する力、また別の人には霊を見分ける力が与えられます。ある人にはさまざまな言語を語る力、別の人にはそれらの言語を解き明かす力が与えられます。 11 これらすべてを行うのは、一つの同じ霊です。霊は、ご自分の望むままに、一人ひとりにそれぞれの賜物を分け与えます。
12 体は一つでも多くの部分があり、その多くの部分が一つの体を形づくっているように、キリストも同じです。 13 われわれは、ユダヤ人であれギリシャ人であれ、奴隷であれ自由人であれ、皆、一つの霊によって一つの体となるようバプテスマを受け、皆、一つの霊を飲む者とされました。
14 体は一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。 15 足が「私は手ではないから、体の一部ではない」と言ったとしても、それで体の一部でなくなるわけではありません。 16 耳が「私は目ではないから、体の一部ではない」と言ったとしても、それで体の一部でなくなるわけではありません。 17 もし体全体が目なら、どこで聞くのでしょうか。体全体が耳なら、どこでにおいを嗅ぐのでしょうか。 18 しかし今、神はみこころのままに、一つひとつの部分を体の中に置かれました。 19 もしすべてが一つの部分なら、体はどこにあるのでしょうか。 20 しかし今、多くの部分があっても、体は一つです。 21 目が手に向かって、「あなたはいらない」と言うことはできません。また、頭が足に向かって、「あなたがたはいらない」と言うこともできません。 22 それどころか、体の中でほかより弱く見える部分こそ、なくてはならないのです。 23 また、体の中でほかより尊くないと思える部分を、われわれは一層大切に扱います。人前に出せない部分は、より念入りに覆います。 24 人前に出せる部分には、その必要がありません。しかし神は、劣っている部分に一層大きな誉れを与えて、体を組み合わせられました。 25 それは、体の中に分裂がなく、一つひとつの部分が互いを同じようにいたわるためです。 26 一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみます。一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜びます。
27 あなたがたはキリストの体であり、一人ひとりはその部分です。 28 神は教会の中に、ある人々を置かれました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡を行う者、次に癒やしの賜物を持つ者、助ける者、治める者、さまざまな言語を語る者です。 29 皆が使徒でしょうか。皆が預言者でしょうか。皆が教師でしょうか。皆が奇跡を行う者でしょうか。 30 皆が癒やしの賜物を持っているでしょうか。皆がさまざまな言語を語るでしょうか。皆がそれを解き明かすでしょうか。 31 しかし、より優れた賜物を熱心に求めなさい。さらに私は、最も優れた道をあなたがたに示します。
* 12:2 または「異邦人」。